2016.5/12
亡き父の背中流し
初めての家族旅行は私が小学校3年生の時に父と母に連れていってもらった天ヶ瀬温泉でした。温泉街を流れる玖珠川で今は亡き親父(おやじ)とアユ釣りをした記憶があります。
今の温泉情報に携わる仕事を始めてやっと落ちついた時、母が難病にかかり「治ったら温泉へ行こうね」って約束を交わしましたが、それは果たせずじまいでした。その分、一人暮らしになった親父と年に一度は温泉旅行へ出かけていました。
特に思い出すのは指宿旅行です。町役場の運転手だった親父は車の運転が大好きでした。運転が自慢でもありましたので、友人からメルセデスベンツを借りて指宿温泉へ向かったのですが、往復ともに当時82歳だった親父が完走しました。とても運転が楽しそうでした。その旅行で初めて親父の背中を流したのを覚えています。「指宿ロイヤルホテル」の海が見える露天風呂で。
義理の両親を家内が黒川温泉の「のし湯」へ連れて行った時のことです。チェックイン時、フロントの女性が義母の杖を見て、何も言わずに、お風呂に一番近い部屋に、そっと変えてくれたことに義母はすごく喜んでいました。
仲間と呼ばれて
また、家内の従兄弟家族と熊本県の小田温泉「山しのぶ」へ泊まりました。館内にいろんなお風呂があるので湯巡りを楽しみました。そして、いろり小屋でオーナーの荒井さんと地酒を酌み交わし、深夜には移動ラーメン店が来たので事務所で一緒に食べました。こちらの荒井さんはいつも僕のことを“仲間”と呼んでくれます。
湯布院にある「彩岳館」の渕上さんとはオープン当初からのお付き合いで、何度取材させてもらったことか。そして、何度あの由布岳を望む大露天風呂に漬かったことか。今でも仕事帰りに立ち寄り入浴をしています。
10年前、突然うち(カフェ・ド・ボッコ)の常連さんが、ミニチュアダックスを拾ってきました。あまりの弱り果てた姿を見て飼うことを即決。以来、ペット連れの温泉旅館としては、とっても快適な阿蘇の「小笠原」へ何度も通いました。何歳なのかわからないその“ハナ”との思い出もいっぱい貯まりました。
今では、我々夫婦の唯一の親となった義父との温泉旅行は、足が弱いこともあり、客室に露天風呂がついた宿をチョイスしています。先日は山鹿温泉の「清流荘 六門亭 水鏡庵」へ。そして原鶴温泉の「六峰館」と天ヶ瀬温泉の「天水」の露天風呂付き客室は、大のお気に入りです。
被災地の復興願い
私にとって温泉は、人生の貴重な思い出の一場面の舞台となっています。その思い出という記憶は、鮮明になることも、維持されることもなく、薄れてゆく儚いものですが、とってもとっても、貴重な“宝物”です。
熊本・大分の温泉旅館は今、今回の「熊本地震」によって苦境に立たされつつも、われわれ温泉ファンの来館のため、準備を進め、待ってくれています。われわれに「宝物」を残してくれるために。
この新聞が発売される頃、地震が落ち着き、被災地の皆さまが、復興への希望に満ちた一歩を踏み出していることを切に願って、私からのエールとさせていただきます。
そして、亡くなられた皆さまのご冥福をお祈りするとともに、被災された方々に、心よりお見舞いを申し上げます。
<西スポ2016年5月4日(水)掲載「花田伸二のいい湯だな」より>