2014.1/16
私は黒川温泉が好きだ。緑に囲まれた温泉街にはしっとりとしたムードが漂い、浴衣姿の女性がまことに絵になる。この黒川独特の風情は、決して偶然の産物などではない。温泉旅館の申し合わせにより派手な色の看板を制限するなど、徹底した雰囲気づくりのたまものなのだ。
そんな黒川温泉を象徴する旅館の一つが、「お宿のし湯」。門をくぐると雑木林に溶け込むように本館や温泉棟、食事棟がたたずむ。今回は、こちらの食事処「木べえ」が約4年ぶりに復活したとの報を受けて駆けつけた。
新メニューへの興味と空腹を抑え、まずは男性専用露天風呂へ。黒川らしい大きな岩造りの湯船が、木々に囲まれた浴場内に鎮座する。ほのかに舞う湯煙に誘われ、ゆっくりと浸かる。はぁ=A気持ちよかぁ。わたくし、この露天風呂が好きなんです。湯船を囲む木々がすべてこちらを向いていて、なかには手が届きそうなものもある。湯船から空を見上げると日差しを遮るように木々が包み込んでくれている。まるで自然が「ようこそ」と歓迎してくれているように思えて仕方がない。これも実は偶然ではなく、計算された植樹による演出とか。木々や建物の軒先を低めに造ることで、入浴客に親近感や優しいイメージを抱かせるのだという。いや、もう本当にその通り。まんまと宿の思うつぼであるが、もちろん不快ではない。ちょっぴり肌寒い秋の空気の中、熱くもなければぬるくもない、ちょうど適温の柔らかな温泉に身を委ねる。やはり温泉は秋が一番だ。撮影が終わっても粘りに粘り、温泉を堪能した次第である。
そんなこんなで、ようやくたどり着いた「木べえ」で、新登場の「麦とろ飯と鴨南蛮そば定食」(1500円)を味わう。料理に定評のある宿だけに、やはりうまい。カツオと昆布、それに合わせみそのダシが効いたとろろに、濃厚な卵の黄身と白ごまを混ぜて麦飯へぶっかける。プリっとした麦の素朴な歯ごたえや滋味深いとろろの味わいが、湯上りのホッとした気分にピタリとハマる。女将さんが「風呂上りの気分にマッチする料理として考案した」というのもうなずける。大人げなくもかき込みながら平らげた。」
さて今回は「好きだ」「好きだ」と連発したが、私は断じてそっち方面に軽い男ではない。ただ黒川温泉と「のし湯」の魅力が、私にそう言わせてしまうのだ
<西スポ2013年11月20日(水)掲載「花田伸二のいい湯だな」より>
【住所】熊本県阿蘇郡南小国町黒川温泉 【TEL】0967-44-0308
【HP】http://www.ryokan-fujiya.jp/nosiyu/